オープンしましたぁ~^^

こんにちは。ゆうさんの部屋へようこそ。

一年半ほど、行ってた銀座の現場が終わり、ついに9/1オープンしました。

名前は「マロニエゲート」。マロニエ通りの入り口と言う意味らしいです。

自分のやってた現場がオープンするのをみるのは、感慨深いものですね。

みなさん、是非見に行って下さい。

僕も近いうち、行こうと思います。

ではまた^^

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え~っ、え○○○・・・!?

こんばんは。ゆうさんの部屋へようこそ。

みなさん、お久しぶりです。現場といろいろなことで忙しかったのでかなり久々です。

社内の人間関係等も関係してか、年末に気付いたら、なんと・・・

円形ができていました・・・

円形脱毛症です。生まれて初めてです。びっくりしました。

気にしないのが一番ということで、あまり気にせずにはいましたが、なかなか生えてこないものですね。どなたかいい方法をご存知の方いらっしゃいましたらご一報下さいますようお願いいたします。

僕には無縁のものだと思っていましたが、自分でもわからないうちにストレスをすごくためていたんでしょうね。現場も大変な時期でしたし、社内の人間関係等でも知らず知らずのうちにストレスは確実に僕の体を蝕んでいたのでしょう。

今年の1月の僕の誕生日の土曜日にも事務所のテーブルでうちのみなさんに囲まれて日付が変わりました。去年、うちのホープのひとりである大事な彼が現場で怪我をしてしまい、そのときは労災がおりたのですが、その後何ヶ月かしてそれが原因か病気になり入院したときにも、もしかしたら彼に対し充分なことをしてあげれてなかったんじゃないかという自己険悪もあって、その日もたくさん言いたいことのありそうなみんなにつきあうことにしました。話はその彼の病気の話ではなく、別の話だったのですが。

そういうときにはすべてが悪循環でどんどんネガティブになっていきます。経営って難しいんだな・・って。

今さらながらにそう思うようになっていきました。

そしてそれからも給料日には食事会をやりますが、なんとなく微妙なんですよね。

でもそんな食事会のあと、一本の電話をもらいました。

うちで二番目に長い勤勉な彼です。

彼はそんなネガティブな状態の僕を、会社を、ものすごく労わり思いやりの気持ちでいっぱいな考えでみんなをまとめてくれたことを教えてくれました。僕はうれしさでまたしても言葉がでなくなってしまいました。

そして最後に彼は一言、

「命、預けてますから!」

僕は感動でまたも言葉がでなくなり、

「あ、ありがとう・・」というのが精一杯でした。

いろいろなことに悩んだりしたこともあったけど、寡黙で勤勉な彼のほうがずっと僕より悩んだり、会社の将来を考えたり、温かく大きな人間であるとそのとき思いました。彼とはまだ彼が見習いの頃、一度だけ二人で飲んだことがありますが、彼はそのときからずっと僕を信じてついてきてくれたんだなって思いました。僕は精一杯頑張って彼らをずっと守っていかなければ!と強く心に思いました。本当にありがとう!

桜の咲く季節になりました。

少しずつだけど、僕の髪に新しい芽が出始めました・・・

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僕の現場です(^o^)

僕の現場です(^o^)

こんにちわ。ゆうさんの部屋へようこそ。

ご無沙汰してます。
今年の2月から僕が入っている銀座の現場が鉄骨が一番上まで立ち上がりました。
有楽町駅前にはマルイも建設中ですし、銀座も変わっていきますね。ではまた(^O^)

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俺がいるから・・・

こんにちは。ゆうさんの部屋へようこそ。

随分、久しぶりですいません。毎日現場で忙しくて全然パソコンさわってませんでしたm(__)m

創業当時からずっと一緒にやってきてる元気な彼が現場にこなくなりました。

お金使いの忙しい彼とはたまに衝突して、1年に1回くらいこなくなったりするのですが、そのたびに僕は、彼と、何が気にくわないのかと徹底的に話をして納得いくようにしてきましたが、今回は少しほっておきました。なぜこないのか?の問いに対し、行きたくないからとただそれだけだったからです。

彼と初めて会ったのは、独立したてのとき、雑誌に載せた求人を見て、彼が面接にきたときです。ニット棒なんかをかぶって、やたらテンションの高い彼は今時の若者という感じでした。

当時の僕は独立して会社を創るというまだやったことのないことをやろうとしていたため、右も左もわからず、ただがむしゃらに前だけみて毎日必死でした。あの頃、僕が会社を持てるようになると思っていた人は少なからずとも、僕のまわりにはいませんでした。一番身近な親兄弟でさえも。

ただ、どういうわけか僕だけは信じていました。自分のことを。なぜだかわかりませんが、未来の自分の姿はイメージしていました。いつも壁にあたっても、この根拠のない自信というか信念でなんとか乗り越えてこれました。

そんな風にとにかく必死に二年間くらい突っ走ってきましたが、そんなあるとき、もうダメだと思ったときがありました。

取引先、仲間、周りの人すべてに裏切られ、半分以上の人がいなくなったのです。取引先からもクレームの嵐で、仲間も2~3人しかいなくなりました。僕は自分にはこれ以上器量はないんじゃないかと自信を失い失望してしばらく何日も悩みました。一番励まして欲しい両親にさえ、無理なんだから早く辞めろと。そして・・・

ついに僕はグループを解散する覚悟を決め、みんなを居酒屋に集めました。

思い詰めた顔をしていたのがわかったのか、彼が切り出しました。

「なんか、元気ないっすね、斉藤さん?」

「なんか、悩んでるんでしょ?」

「・・・・」 僕は、何も言えずにいると・・・

「大丈夫だよ!!何も心配ないよ!!みんないなくなったって、誰もいなくなったって、俺がいるから!!俺がいるから大丈夫だよ!!斉藤さん!!」

思わず、我に返りました。僕はなんてバカだったんだろうと。自分だけが会社のことを考え、悩み、苦しんでいると思っていました。今までだって自分ひとりで頑張ってきたと勘違いしていました。そうだ、彼がいてくれて、一緒に走ってきてくれたから今があるんじゃないかと気付きました。これからも一緒に走ってくれる彼がいる限り、すべてなくなったってまたいちから創ればいい。

僕は溢れる涙をグッとこらえて、笑顔で、

財布忘れちゃったんだよ・・・悪い・・・とごまかすのが精一杯でした。

まじでっ~~!!っとその日もいつもの飲み会になりました。

あの日から何年も経つけれど、そんなことを言ったということを本人は覚えていないと思います。僕はあの日がもしなかったら今は・・・とは考えないかわりに私生活でかなり世話の焼ける彼に対して、できるだけのことはやっていこうとそのとき決めたのです。

しかし、今回はいい加減、僕もはらわたが煮えくり返っていました。現場にくるのが嫌なら、こなくていい、辞めるなら辞めろくらいに思っていました。

3~4日すると、彼が現れました。

「ホントすいませんでした。反省しました。」と、帽子をとり謝る彼を見て僕は大笑いしました。頭を丸めて出直しますってことかい?長髪だった彼の頭は丸坊主になっていました。

しばらくふたりで大笑いしました・・・。

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~midnight in taxi~

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

今日は僕が見習いの頃の話をします。

コンピューター会社をやめて無職の僕に、「暇だったら現場に遊びにこいよ。」と声をかけてくれたのが当時の僕の親方です。彼は悪気はないのですが、今思えばあまり人の使い方が上手くなく、昔ながらの職人というか、頑固親父といったところでした。彼に怒鳴られながらも僕は今までのスーツにネクタイというスタイルと全然違う世界が毎日楽しくて楽しくてしかたありませんでした。僕は毎日真っ黒になりながら一生懸命働いていました。

そんな頃です。コンピューター会社の先輩に二人で会社を創ろうと誘われました。彼もまたコンピューター業界では実績を上げている人で、僕の実力も買ってくれていて、正直嬉しかったのですが、初めて知った青空の下で汗を流しながらする仕事に魅了されていた僕は迷うことなくお断りしました。しかし、その後も先輩の猛烈なアタックは毎日続き、3ヵ月後・・・僕は熱心に口説かれる女性の気持ちが少しわかったような気がしました。僕はついに負けて、今までのコンピューター業界で先輩と会社を創る決心をしたのです。

それから数日後、僕は事情を話すために同い年の親方を飲みに誘いました。

なかなか話が切り出せずに居酒屋で二~三時間も関係ない世間話ばかりしながら僕は「なにしてんだ俺・・」と心の中でつぶやいていました。そして、「じゃあ、そろそろ帰るか・・・。」と言う親方の声に慌てて、「も、もう一軒・・・」と僕はさけんでいました。

二軒目のカラオケスナックで一曲歌ったあと、僕は「実は・・・」とやっと事情を話しました。当然、話を聞いて驚いて止められるものと思っていました。しかし、彼は、

「そういうことだろうと思っていたよ・・・。」

「がんばれよ・・・。」

力が抜けました。僕はもしかしたら、止めてくれることを期待していたのかも。もし止めてくれれば、コンピューター会社の話は断るつもりでいたのかもしれません。

店を出て、タクシーに二人で乗り込むと、僕らは目も合わさず、一言もしゃべらず、お互いに別々の窓から外を見ていました。そして、どれくらい時間がたったのか、彼が相変わらず窓の外を見ながらポツリと言いました。

「なぁ・・・。」

「ん・・・。」

「もしダメだったら・・・ また戻ってこいよ・・・。」

「あっ、運転手さん。そこで。」

彼は、僕が帰れるくらいの料金を置くと、「じゃあな。」と言ってタクシーから降りました。

走り出すタクシーの窓から外を眺める僕の目から涙がこぼれました。

それから、コンピューターの会社を立ち上げてから半年の間、僕はその日のことをずっと忘れられずに過ごしたことを彼には言えませんでした。

「やっぱ、ダメだった。」

そう言って半年後、僕はまた同じ青空の下にいました。

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かっこいい大人になるために・・・

こんばんは。ゆうさんの部屋へようこそ。

この間、テレビの歌謡番組で久しぶりに郷ひろみさんを見ました。

相変わらず、今年50とは思えないような若々しさとエネルギーに満ち溢れていました。最後に彼を見たのは「アーチーチー」と踊っていた紅白で、まだ僕が有限会社を立ち上げる前のことだから、5年以上前だと思いますが、そのときよりもまた数段パワーアップしている気がしました。

司会の黒木瞳さんは彼をキラキラした目で見つめながら、アメリカでずっと何してたんですかとか今年50ですけどどうですかとかいろいろ質問していました。

彼は、50代というのは僕が一番楽しみにしていた年代で今まではその準備をするのにずっと費やしてきたと言っていました。

昔から実はそういう彼の考え方が好きで、彼は僕の最も憧れ尊敬する人です。彼の著書も読んだことがあります。彼は10年以上も前から同じことを言っていました。彼の目は常に前を向いています。「あの頃はよかった・・・」なんて言葉は彼の辞書にはない。常に目は前へと、将来の自分へと向いています。

彼の言葉がチンプカンプンだったのか黒木さんはしばし、???って顔をしていました。

一日で人は変わらないけど、一日一日の生活を積み重ねるといつしかそれが人生になりますね。僕も郷ひろみさんを見習って、しっかりと将来の自分をイメージし、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。

あんなふうにかっこいい大人になるために・・・(^^)

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世の中間違っている!?(^^)

こんばんは。ゆうさんの部屋へようこそ。

仕事の帰りです。

コンビニからでると、杖をつき、壁に寄りかかったまま動けなくなっている老人を見かけました。

「何、してるんだろう?」

気になりましたが、事務所に人を待たせていたのもあって、急いでいた僕は振り返らず車に乗り込みました。ギアをPからDに入れたものの、やはり気になった僕はブレーキペダルから右足を放すことができず、じっとその老人のほうに眼を凝らしていました。

やがて、自転車に乗った人がその老人に気づき近づいてきたので、僕は右足をアクセルのほうにのせかえようとしました。・・・が、なんと自転車はそのまま、前を向きなおして走り去ってしまったのです。

「なに・・・!?」

その後も何人か人は通りますが、老人に気付いても誰も声をかけずに通りすぎていきます。

「なぜ、誰も声をかけない!?」

「みんな冷たい。世の中、間違っている!」

余計なお世話かもしれませんが、見知らぬ人でも、この極寒のなか、動くことができずに凍死した・・なんてことになったら嫌だと思い、思い切って僕はギアをまたDからPへ戻し、車を降りました。

そして、老人のほうへ近寄り、声をかけました。

「大丈夫で・・・」

「ウッ・・・・・」すごい匂いです。

後ろから見て老人だと思っていたその人は、いかにも。

ホーム○ス・・・でした。

しかも、そのレゲエは一升瓶を片手に僕に、「あっちいけ」みたいに手で、シッシッってしたのです。

みんな通り過ぎるわけです。

世の中間違っていないですね。なぜか少し安心しました(^^;)

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初心は大事です。

こんばんは。ゆうさんの部屋へようこそ。

先週のことです。

ある日、仕事を終え事務所に戻ると、テーブルを囲み、みんな勢ぞろいして僕を待っていました。

「お疲れ様です。」

皆が口々に言いました。

何か話があるとは聞いていましたが、こうみんな勢ぞろいしていられると少し緊張します。

「最近、斉藤さんがわからなくなってきました。」

間もなくこう切り出したのは、今回話があるからと言っていた当社で二番目に長い彼でした。彼は普段、勤勉で温厚な性格です。今回は我慢に我慢を重ねた結果という感じに見えました。

「俺たちのことに関心がないように見える。」

そう言われてはっとしました。言われてみると、免停のせいで最近は現場に道具や材料を届けることもなくなったし、昔は毎週のようにみんなと飲んでいたのを思い出しました。最近は給料日も給料を渡しておしまいだし。

創業当時、売上をすべてみんなとの親睦を深めるための飲食代や会社名の入ったジャンパーを作ってみんなに配ったり等に使っていました。金はないけど俺たちには夢がある。なんて言っていたのを思い出しました。そして、間もなく事業が軌道に乗ってくると経費を削減し利益を出そうと無駄なことは一切しなくなりました。

「斉藤さん、二人で飲んだ日のこと覚えてますか。」

彼がまだ入りたてのころ、初めて彼と二人で飲んだのを思い出しました。そのころ彼は今のようになんでもかんでも仕事ができるというわけではまだなかったのですが、僕はどうしても彼に辞めてほしくなくて必死で止めていた気がします。彼は、「そんなに自分のことを思ってくれてると思いませんでした。」と思いとどまってくれて、僕も涙が出るほどうれしかったのです。

「もちろん、覚えてるよ。」

「あのとき、斉藤さんが言った言葉、覚えてますか。」

なぜか、うちのみなさんは、僕のことを「社長」と呼ばず、みんな「斉藤さん」と呼びます。ほかの会社の人には「うちの社長は・・・」なんて言ってるみたいですが・・・

「あの時、言った言葉・・・?」とにかく必死でなにを話したのかはぶっちゃけ覚えていません。

「ふんぞりがえっている社長にはなりたくないって言ったんですよ。」

ガ~ン!そんなこと・・・たしかに・・・なんとなく・・・言った記憶がある。

僕はあのころ描いていた、一番なりたくない社長になってしまっていたのか・・・ショックでなにも答えることができませんでした。

無駄を省き、合理的な経営をしようと思えば思うほど、実は中身はボロボロになっていっていたのです。初心を忘れた僕がすべて間違っていました。とにかく何よりも人が一番、人がいるから会社が成り立つと人をみんなをすごく大事にしていた創業時。会社を大きくしようと一番大切なことを僕は忘れていました。みんな、ごめん・・・もう一度、僕は初心に帰るよ。

まだうす暗い早朝の駅への道を作業服に身をつつみ、

自転車をこぎながら、僕はひとり思いました。

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免停終わりました~(^0^)

こんばんは。ゆうさんの部屋へようこそ。

永かった免停が終わりました。

免許が返ってきた日、さっそく車にキーを差し込んでエンジンをかける瞬間・・・

永かった・・・お帰り・・・とでも言ってくれているかのようなエンジンの音・・・

あれ?

・・・・・

かかりません。

バッテリーがあがったのかな?・・・

格闘すること15分・・・無事、「お帰り」と言うエンジンの音と共に僕を乗せた黒い車は夜の闇へと消えていきました★☆

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申し訳ありません・・・

こんにちは。ゆうさんの部屋へようこそ。

仕事、毎日忙しいです。

建設業界は忙しさに波があって、仕事が多く人手不足になる時期と暇になって仕事がなくなる時期があります。毎年だいたいそれが同じ時期にきます。決算の時期と関係があるんでしょうか・・・今はちょうど忙しい時期なのでどこも人手不足らしくあちらこちらから電話をいただきます。「申し訳ありません、いっぱいです。」と返答してばかりです。

こんなとき、うちにあと倍の人数がいれば、売上も倍になるのに・・・って思ったりしますが、逆に暇な時期になると全員の仕事をうめることができずに交代で休ませてしまったりします。

一年中、いつも人が足りないか、仕事が足りないかのどちらかのような気がします。

会社を大きくするためには、人を増やして育てて仕事を増やすという流れでいかなければいけないと思ってます。でも最近はフリーターとか楽な仕事が増えてきたせいか、職人になりたいっていう若い人がなかなかいなくなってきました。フロム○やガ○ンなどの求人誌に載せたこともありますが、昔はかなりあった反響ですが最近では掲載しても一本も電話がかかってこないときもあります。

でも、前回求人広告をだしたときには一本ですが電話をいただきまして、しかも女性からです。しかし、女性には難しい職種だと思い、丁重にお断りしようと思ったのですが、よくよく聞いてみると主人なんですが・・・ってことらしく、年齢も28歳くらいでやる気はあるとのことだったので少し期待していました。でもひとつ腑に落ちないのはなぜ自分でかけてこないのかって思っていました。

じゃあ、明日面接にきて下さい。ってことになってから、電話口の女性から、あの~もうひとついいですか?と聞かれました。はい、なんですしょう?と聞くと・・・

「主人、日本語わからないんですけど大丈夫ですか?」

「・・・」

ご主人はイラン人でした。

またしても、「申し訳ありません・・・」と僕はその女性に謝り電話を切りました。(><)

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免停です~(><)

また免停になりました。飲酒とかスピード違反とかではけっしてないです。シートベルトとか駐車違反がほとんでです。細かい点数の累積です。

今回も駐車違反で免停になったのですが、その免停の通知がくる前にまた一時停止でつかまってしまいました。行政処分のきまりとして、一年間無事故無違反ならそれまでの累積点数は加算されなくなるのですが、僕の場合、10ヶ月目とか11ヶ月目とかにまた違反してしまい、それがすべて加算されて停止処分になってしまっているのです。そして、免停処分の回数も一年たつとそれまでの処分回数は数えないしくみになっています。処分回数も2回目、3回目となっていくとだんだん少ない点数で免停になるので免停になりやすくなります。しかも点数ごとの免停日数も長くなっていきます。

今回、講習をうけて120日の免停が半分の60日に短縮になり、免停が明けたら自宅に免許が届くよう郵送を申し込みました。椅子にすわって学生のときのように眠い講習をうけるのですが、眠ってしまったら退場とけっこう厳しいのです。講習代も二日間で27600円と馬鹿になりません。

そして、1~2ヶ月たちポストを見ると交通安全協会からの郵便物が・・・

やっと、免停が終わったか、ともちろん中には免許がはいってるものと思い開封してみると・・・

なんと、次の免停の処分書がはいっていました(><)

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